平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。東京共同会計事務所のベトナムデスクです。
日本からベトナムに進出している企業が増える傾向の中、東京共同会計事務所では、ベトナム進出に係る様々な情報を提供したいと考え、本メルマガを送らせて頂いております。

今回のテーマは、次の通りです。

1. グエン・ティ・クック ベトナム税理士協会会長 書面インタビュー(前半)
2. 労働許可証発給の現状と今後の展望

なお、各コラムは執筆者により「寄稿」されたものであり、その文責は執筆されたコラムに限定されるも
のであります。

グエン・ティ・クック ベトナム税理士協会会長 書面インタビュー
東京共同会計事務所

海外への進出を検討する際、投資環境の現状や現地税制については重要な検討項目となります。また、ベトナムにおいては税制が頻繁に変わると感じている企業様も多いのではないかと思います。今回、ベトナム税理士協会の会長であるグエン・ティ・クック氏にお話を伺うことができました。インタビューの前半では、投資環境、税務の全般についてお話を伺い、インタビュー後半では、ベトナムに投資している日系企業が税務上直面している問題点や恩恵及び投資にあたってのアドバイスについてお話を伺い、次回メルマガでお伝えする予定です。

問1.グエン・ティ・クック(Nguyen Thi Cuc)さんは、ベトナムにおいて、現代的な税務政策と税制改革の基礎を築いた一人であり、JICA,IMF、世界銀行と様々な技術的協力を積極的に推進してきた税務総局のリーダの一人として知られています。また、ベトナム税理士協会の設立者であり、現在は税理士協会の会長として活躍されています。この機会に、もう少し、自己紹介をお願いできますか。

1974年に税務当局に就職後、様々な職位を経てベトナム税務総局の副長官として13年間勤務しました。税務当局では、税務政策、税務管理、税務上の国際協力を担当し、法人税などの法令や通達の起草に参加しました。また、当時、税務総局で初のJICAプロジェクトマネージャーを担当できたことは非常に光栄でした。個人所得税及び税務管理法は、このプロジェクトで得た日本の税務の実務経験を生かしたものです。さらに、国際通貨基金及び世界銀行ともプロジェクトマネージャーとして働きました。

日本税理士会連合会のやり方を導入したく、JICA、日本国税庁、特に国税庁の元長官である大武健一郎様の助力でベトナムの税理士協会を2008年に設立しました。この13年間、税理士協会は納税者と国家管理機関・税務当局の架け橋となっています。私自身は現在も税法等の起草メンバーでありつつ、政府の持続的な発展及び競争力向上の国家議会の顧問グループのメンバーでもあり、ベトナム国際Arbitratorセンター(VIAC)の仲裁人としても活動しています。

問2 .コロナは世界的に影響を及ぼしていますが、 2020 年にベトナムは 2.9 %の GDP 成長を達成できました。税務上の観点からベトナムに所在している外国企業に対してどんな支援措置をとっているのか、ご
教示いただけますか。

コロナは世界経済に対して幅広い影響を及ぼしています。ベトナムでは、特に製造業、運送業、旅行業、ホテル業、飲食業、コロナで影響を受ける国から輸入する原材料・設備等を使った製造業等に影響がありました。

ベトナム政府がとった複数の緊急措置は、例えば、付加価値税・法人税などの納付期限の延長(2020・2021課税年度を対象に5か月から1年まで)などです。企業側では猶予された税金で給与の支払い、運転資金などをある程度賄うことができますので、ある意味で政府は企業に対して資金を供与したと考えられます。

さらに、ベトナム政府は最低課税金額を引き上げるような措置も取りました。例えば、個人所得税上の基礎控除(年間108ミリオンドンから132ミリオンドンに)及び扶養控除(年間43.2ミリオンドンから52.8ミリオンドンに)を引き上げました。また、コロナ影響を受けている企業を対象に企業登録料やライセンス取得料等の引き下げ、コロナ防止のための寄付金が法人税法上損金算入となる等の措置も設けています。そして、コロナの影響で失業した人たち、労働者・外国専門家の不足により代替労働者を探す必要がある企業等に対して複数の支援措置も設けています。

ドイモイの初期には、政府は外国企業を誘致するために、外国企業に対して様々な優遇措置などを導入しましたが、近年、国際的に平等な税務義務が求められていますので、現在導入されている優遇措置の対象は国内企業と外国企業を区別していません。この様な状況で、ベトナム政府はビジネス環境の改善、投資環境・税務政策の不備、矛盾、不確実性を解決する事を重視し、法律の透明性等を確保することで外国企業の安定的な発展につながることを期待しています。

問3.ベトナム投資環境について税務上の観点から全般的なコメントをいただけますか。

かつて外国投資家はベトナム投資環境について懸念があったと思いますが、近年、ベトナム投資環境は積極的な変換に転じています。安定した政治かつ比較的な安い労働賃金に加えて、法律の不透明、労働品質、環境汚染のような投資家が懸念されている問題の解決に努め、ビジネス環境の改善、国家競争力の向上に力を入れています。例えば、世界銀行によるビジネス環境改善指数などは大幅に改善されています。税務に関しても、世界銀行のビジネス環境報告書では、納税時間や納税回数の減少等により税金の項目で131位から109位に上がりました。この結果を達成できたのは、政府が制度改革、税務行政手続の改善、組織の改善を積極的に行ったことによるものです。

制度改革に関しては、(個人所得税等の)最低課税レベルを引き上げる一方、(他の税種等の)税務ベースを広げ、移転価格の防止を含め税務管理等を強化しました。これによって各法律の統一性、透明性、法律の実施しやすさ、納税者と税務当局の法律の解釈が一致する税務政策を完成させます。例えば、法人税について税率を引き下げる一方、法人税の優遇措置を更に拡大し、損金算入可能な費用の範囲も拡大しました。個人所得税については、基礎控除・扶養控除を拡大しました。天然資源税、環境保護税等も天然資源の使用節約、環境保護を目標として法律化されています。

税務行政手続に関して、すべての税目等に係る管理を税務管理法に一本化し、納税者の利便性を高める方向に向けて改正されました。

組織の改善に関して、技術情報(IT)応用で税務当局の効率性をもたらしました。現在ベトナムに所在している企業はほぼ電子申告を行うようになり、電子納付・電子還付の利用も増え、税務行政の手続の簡素化の上、さらなる改革に繋がると考えられます。

問4.ベトナム政府は外国企業に対してどんな分野、地域への投資を誘致・奨励しているか、一般論及び税務上のコメントをご教示いただけますか。

ベトナムの社会経済発展の目標は社会面と経済面の両方とも同一又は近代的なインフラの構築、国家の重要な運送プロジェクトの優先開発、気温変化への適応、情報通信インフラの開発に焦点を当てることで全国の電子化の基盤を作り、電子経済・電子社会を徐々に発展させるということを目指しています。

そのために、ベトナム政府は外国投資家に対して情報通信インフラ・電子プラットフォーム等のような付
加価値の高い分野への投資、外国投資家が豊富な経験を持っている分野であるインフラ開発(日本の新幹
線のようにハノイからホーチミンまでの重要な交通インフラ開発を含む)への投資を誘致しています。現
在、ベトナムの工業製品は主に単なる加工で海外に輸出されているものですが、政府は、外国人投資家に
国内の製造加工産業の付加価値を向上させるような投資あるいは協力を望んでいます。税務政策につい
ては、法人税で、情報通信分野・インフラ分野等 に係る新規プロジェクトの投資を奨励し、 15 年間から
30 年間まで 10 %の優遇税率を適用し、 4 年間は完全に免税、 5 年間から 9 年間まで税額半減という優遇措置を設けている等を挙げられます。

「寄稿」労働許可証発給の現状と今後の展望
弁護士法人 瓜生・糸賀法律事務所(https://uryuitoga.com/

1.労働許可証発給の厳格化

ベトナム国内で外国人が働くには、一定の場合を除き、労働許可証の取得が必要とされている。しかし、2019年に制定された新労働法(2021年1月1日より施行済)及びDecree No. 11/2016/ND-CP(Decree No. 140/2018/ND-CPによる修正を含む。2021年2月15日より失効済。以下「旧議定」という。)に代わり制定されたDecree No. 152/2020/ND-CP(2021年2月15日より施行済。以下「新議定」という。)の施行に伴い、労働許可証発給等が厳格化され、労働許可証の新規取得や更新が認められない事例が相次いでいる。そこで、本稿において現状と今後の展望を取り纏めてみたい。

2.厳格化の要因

ベトナムにおいて企業が外国人労働者を雇用できるのは、「専門家」、「技術者」、「管理者」のいずれかに該当し、ベトナム人では代替できない場合に限られており、この点に変更はない。それにもかかわらず、労働許可証の発給が厳格化したのは、主に「専門家」の要件が変更されたことに起因する。
下記図は「専門家」の要件の比較を示したものであり、①から④のいずれかを充足すれば「専門家」として労働許可証の発給を受けることが出来る。

旧議定新議定
①専門家であることの外国機関、組織、企業の確認書を有する場合削除
②大学レベル以上の卒業証明書または同等の証明書類を有し、外国人労働者がベトナムで就労する予定の職位に適合する養成を受けた専門分野で最低 3 年の職務経験を有する場合②大学レベル以上の卒業証明書または同等の証明書類を有し、外国人労働者がベトナムで就労する予定の職位に適合する養成を受けた専門分野で最低 3 年の職務経験を有する場合
新設③外国人労働者がベトナムで就労する③外国人労働者がベトナムで就労する予定の職位に適合する最低 5 年の職務経験と職業証明書を有する場合
④首相が検討、決定する特別な場合④政府首相が労働傷病兵社会問題省の提案に従って特別に決定する場合

まず、旧議定下では、「専門家であることの企業の確認書」があれば充分であったところ(①)、新議定下では、この規定は削除された。これに代わり、新しく追加された③では、「職業証明書」が必要とされ、①に比べて厳格化されている。さらに、「職業証明書」としてどのような証明書が必要なのかは議定上明らかではないため、当局が個々の事案に応じて個別に判断する状況となっており、このことも発給の厳格化の要因となっている。

また、③を根拠としない場合には、②を根拠として「専門家」としての労働許可証の発給を申請することになるかと思われるが、文言の変更がない②についても、大学の学位と職位との適合性が強く求められるようになり、発給が厳格化されているとの情報もある。

なお、現時点で労働許可証の発給を受けるには、上述の「専門家」での発給の厳格化の影響を避けるべく、「技術者」又は「管理者」での労働許可証の発給を申請することも検討に値する。即ち、5年以上の業務経験を有するのであれば、学位が何か関係なく、「技術者」の要件を充足し得、「管理者」については法令及び赴任先の現地法人の定款上、管理者とされている職位が含まれるため、赴任先での職位の調整又は定款変更が可能なのであれば、「技術者」又は「管理者」での労働許可証の発給を申請することも可能だからである。

3.運用等の改善に向けた動き

労働許可証の発給に関する現状を踏まえ、各国の商工会議所はベトナム政府や当局に対し労働許可証発給に関する規定や運用の明確化等を求めるに至っている。さらに、2021年4月20日には、ホーチミン市貿易投資促進センター、同市労働傷病兵社会局(労働許可証発給を行っている機関の1つ)、日本、米国、カナダの商工会議所及びホーチミン市の企業約200社の代表者などが参加する、労働許可証などの外国人労働者に関する問題に関する会議がホーチミン市で開催され、同会議において、同市労働傷病兵社会局は、労働許可証発給について改善を求める意見を労働傷病兵社会省に伝えることを約束するなど、一応の状況改善に向けた動きもなされており、今後の改善が期待されている。

4.終わりに

新議定に基づく運用には上述した問題点があるため、現状労働許可証の発給を受けにくい状態となっており、現状ベトナムに進出するにあたり一定の障害があることは否定できない。しかし、上述のように改善に向けた動きがなされており、徐々に運用が改善されていくことが期待される。また、運用厳格化は、COVID-19による国内の雇用情勢の悪化を踏まえたものという見方もあり、仮にそうだとすると、今後ワクチンの普及等により状況が改善していくに比例して、労働許可証の発給に関する運用も緩和化されるのではないかとも期待される。いずれにせよ、今後の最新状況を注視することが必要不可欠といえ、皆様がベトナムに進出し事業運営する際には、ベトナムでの最新の実務状況を十分に把握することが望ましいといえる。